芽生え -2-
つづきからどうぞ
高虎は凍えた手で火打石を鳴らして、かまどに火を灯した。
吼え猛る雪風に、雨戸はがたがたと音を立てている。
本格的に吹雪いてくる前に、この民家を見つけることができて良かった。
高虎たちは何とか追っ手を振り切ったが、災難は続いた。
空に雪雲が垂れこみ、斬りつけるように冷たい風が吹き始めたのだ。
避難所はないかと辺りを見回した高虎の目に映りこんだのが、この無人の小屋だった。
粗末な板ぶきの小屋は、ときおり隙間風が入ってくるが、吹雪をやり過ごす場所としては十分だ。
「ぐっ……」
「痛むか?」
具足を脱いで三和土へ上がると、高虎はかび臭い布団に横たわる三成へ声をかけた。
眉根をきゅっと寄せて苦悶する三成のその顔は紙のように白く、青みかかった唇からは苦しげな喘鳴がこぼれている。
お湯を張った桶を置いて、濡らした手ぬぐいで赤黒い血糊が貼りついた傷口を洗ってやる。
三成が受けた傷は致命傷に至らなかったが、いまだ失血は続いている。
このまま血を失えば出血死は免れぬだろう。
高虎は、懐から取り出した紫根草の粉末を裂けた肌に塗ってやった。
すぐに血の膜ができあがり、失血の勢いは衰えてゆく。
傷口が開かぬように、高虎は首に巻かれた三尺の手ぬぐいをするりと外し、小さな痙攣を繰り返す腕に巻きつけてやった。あとは、安静にさせておけばよい。
それよりも、乱戦の途中で見失った味方の安否が気掛かりだ。
それと、敵兵の追跡だ。なにせこの吹雪だ、敵も撤退しているだろう。
三成と天候の回復次第、本隊と合流し、味方を捜索しつつ敵の手掛かりを追うとするか。
「……っ、寒い」
思考の糸を断ち切ったのは、今にも闇に消えそうな呻き声だった。
三成の痩身が小刻みに震えている。横たえた体には、すでに布団と高虎の陣羽織を与えてある。
いつ吹雪が止むか分からない状況で、これ以上薪をくべるわけにはいかない。
高虎が逡巡している間も寒気の波は三成の体を容赦なく襲っている。
「全く、世話が焼ける」
凍てついた声で呟くと、高虎は眉間に皺を深く刻んだまま甲冑の留め具を外した。
黒塗りの防具を塵の積もる床板へ置くたびに、金属音と吹雪の轟音が重なり合う。
秀吉に重宝されている三成を死なせれば、あの夢想家は騒ぐだろう。
そうなれば面倒だ。
「この礼は高くつくぞ」
独りごちると、高虎は布団を捲って、丸まった背中をそっと抱きしめてやった。
青白い拳を掌で覆い、冷えきった肌を撫で擦り、ほぐれてきたところで指と指を絡めて末端の血管まで温めてやる。
「……ん」
人肌が心地よいのか、三成は身を反し、高虎の胸へ顔を埋めた。
「こうして、おとなしくしていれば随分可愛げがあるんだな、あんた」
三成を起こさぬように、高虎は端麗な相貌をそっと覗き込んだ。
傲慢そうな切れ長の目を飾る睫毛はこんなに長かったのか。
筋のよい鼻梁の下、人の神経を逆撫でする言葉を吐き出す薄い唇はこんなに情欲をそそるものだったのか。
嫌というほど顔を合わせてきた。とうの昔からその秀麗さは知っていた。
だというのに、造化の匠が技巧を凝らしたような白い美貌にまばたきを忘れて見惚れる。
……触れたい。
湧き出た思いに駆られるまま、肉の薄い鋭角な顎に指を掛け、濃桃色の舌を覗かせる口元へ唇を寄せた。
だが。
「く……」
吐息と吐息が触れ合ったところで、呻き声が高虎の耳朶を叩いた。
それが、途切れた理性と高虎の意識を繋いだ。
鼻先が触れるほど近くにあった端正な顔から目を背け、己を叱咤する。
男相手に血迷うとは、愚かな。
このままでは理性が断ち切れてしまうやもしれん。
歯止めがきかなくなることを懸念した高虎は、小さな頭を胸に収めるとさっさと瞼を下ろした。
高虎は凍えた手で火打石を鳴らして、かまどに火を灯した。
吼え猛る雪風に、雨戸はがたがたと音を立てている。
本格的に吹雪いてくる前に、この民家を見つけることができて良かった。
高虎たちは何とか追っ手を振り切ったが、災難は続いた。
空に雪雲が垂れこみ、斬りつけるように冷たい風が吹き始めたのだ。
避難所はないかと辺りを見回した高虎の目に映りこんだのが、この無人の小屋だった。
粗末な板ぶきの小屋は、ときおり隙間風が入ってくるが、吹雪をやり過ごす場所としては十分だ。
「ぐっ……」
「痛むか?」
具足を脱いで三和土へ上がると、高虎はかび臭い布団に横たわる三成へ声をかけた。
眉根をきゅっと寄せて苦悶する三成のその顔は紙のように白く、青みかかった唇からは苦しげな喘鳴がこぼれている。
お湯を張った桶を置いて、濡らした手ぬぐいで赤黒い血糊が貼りついた傷口を洗ってやる。
三成が受けた傷は致命傷に至らなかったが、いまだ失血は続いている。
このまま血を失えば出血死は免れぬだろう。
高虎は、懐から取り出した紫根草の粉末を裂けた肌に塗ってやった。
すぐに血の膜ができあがり、失血の勢いは衰えてゆく。
傷口が開かぬように、高虎は首に巻かれた三尺の手ぬぐいをするりと外し、小さな痙攣を繰り返す腕に巻きつけてやった。あとは、安静にさせておけばよい。
それよりも、乱戦の途中で見失った味方の安否が気掛かりだ。
それと、敵兵の追跡だ。なにせこの吹雪だ、敵も撤退しているだろう。
三成と天候の回復次第、本隊と合流し、味方を捜索しつつ敵の手掛かりを追うとするか。
「……っ、寒い」
思考の糸を断ち切ったのは、今にも闇に消えそうな呻き声だった。
三成の痩身が小刻みに震えている。横たえた体には、すでに布団と高虎の陣羽織を与えてある。
いつ吹雪が止むか分からない状況で、これ以上薪をくべるわけにはいかない。
高虎が逡巡している間も寒気の波は三成の体を容赦なく襲っている。
「全く、世話が焼ける」
凍てついた声で呟くと、高虎は眉間に皺を深く刻んだまま甲冑の留め具を外した。
黒塗りの防具を塵の積もる床板へ置くたびに、金属音と吹雪の轟音が重なり合う。
秀吉に重宝されている三成を死なせれば、あの夢想家は騒ぐだろう。
そうなれば面倒だ。
「この礼は高くつくぞ」
独りごちると、高虎は布団を捲って、丸まった背中をそっと抱きしめてやった。
青白い拳を掌で覆い、冷えきった肌を撫で擦り、ほぐれてきたところで指と指を絡めて末端の血管まで温めてやる。
「……ん」
人肌が心地よいのか、三成は身を反し、高虎の胸へ顔を埋めた。
「こうして、おとなしくしていれば随分可愛げがあるんだな、あんた」
三成を起こさぬように、高虎は端麗な相貌をそっと覗き込んだ。
傲慢そうな切れ長の目を飾る睫毛はこんなに長かったのか。
筋のよい鼻梁の下、人の神経を逆撫でする言葉を吐き出す薄い唇はこんなに情欲をそそるものだったのか。
嫌というほど顔を合わせてきた。とうの昔からその秀麗さは知っていた。
だというのに、造化の匠が技巧を凝らしたような白い美貌にまばたきを忘れて見惚れる。
……触れたい。
湧き出た思いに駆られるまま、肉の薄い鋭角な顎に指を掛け、濃桃色の舌を覗かせる口元へ唇を寄せた。
だが。
「く……」
吐息と吐息が触れ合ったところで、呻き声が高虎の耳朶を叩いた。
それが、途切れた理性と高虎の意識を繋いだ。
鼻先が触れるほど近くにあった端正な顔から目を背け、己を叱咤する。
男相手に血迷うとは、愚かな。
このままでは理性が断ち切れてしまうやもしれん。
歯止めがきかなくなることを懸念した高虎は、小さな頭を胸に収めるとさっさと瞼を下ろした。
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