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憎と辱 -1-

・四国征伐をベースにした妄想ストーリーです。
・おじさんが黒いです。
・③はR-18指定です
※無双男性陣の中で最年少なおじさんですが、当サイトの年齢設定は三十後半です。
※この作品の時系列は、クロニクルに合わせています。

ご理解していただけた方のみ次のページからどうぞ
 




鬱蒼と茂る緑の山道に、馬蹄の音が鳴り響く。
緊迫感を孕んだ双眼で前方を見据えつつ、三成は両脇に従えた兵達に叱咤した。


「急げっ! 遅れをとるな!」


乱髪兜の下で汗が玉を作っているが、三成はそれを気にもとめず、馬腹を蹴って秀吉との合流地点を目指す。
長宗我部め、手こずらせるとは、鬱陶しい。手綱を握る手に自然と力がこもった。
三成の主・秀吉は背後の脅威である長宗我部元親を討伐せんと大量の物資と十万超の兵を四国へ送りこんだ。圧倒的な兵力をもって四国の兵共を駆逐するはずだったが、思いもよらぬ誤算が起きた。総大将・羽柴秀長を撤退へと追い込まれたのだ。
秀長軍壊滅の報告を受けた三成は、崩れた軍の立て直しを図ろうと、黒地の裾を翻して、手勢と共に主の元へ疾走した。そして、今に至る。


「っ!」


地平線に没しようとしている夕陽の残照で血の色に染まる山道の中、三成は目を凝らした。三成の行く手に不吉な人影が佇んでいたのだ。


「敵兵かっ!」


地響きを立てて疾駆したまま、三成は掌中の鉄扇を開くや、落陽の逆光で黒い影と化した敵兵へ勢いよく放つ。
転瞬、甲高い金属音が炸裂した。
渾身の力を込めたというのに、鉄扇は敵影に届かず、火花を散らしたあと、虚しい音を立てて地面へと落ちた。
なかなかやるようだ。危険な臭いを嗅いだ三成は、手綱をぎゅっと絞り、馬を御した。


「いきなり攻撃をしかけてくるとは物騒だねェ、僕ゥ」


三成の耳朶を打ったのは、血なまぐさい戦場に不相応な弛んだ声だった。
砂塵が薄れゆき、全貌が露わになった声の主は、抜きんでた身の丈を有する巨漢だ。鉄黒色の長い髪を高々と結い上げた中年男は、藍色の長着の衿元を大きく肌蹴させていて、だらしのない印象である。だが、油断はできぬ。
物見から聞いている秀長を討った男の特徴と目の前の男は酷似しているのだ。恐らく、この男こそが四国の快進撃を影から支えている駒に違いない。主に危害を加える前に、ここで討ってくれようと、三成は顎をしゃくり、兵士達に男を囲ませた。


それにしても、妙だ。
筋骨たくましい体躯に背負うのは、男の背丈を優に超す大太刀である。その大太刀は鞘に納められているのだ。なぜ抜刀しないのだろうか。


「にしても、筋は悪くないねェ。算用しか能のない能吏だと思ってたんだが、おじさん、見直しちゃったよォ」


口ではそう言うが、緩い弧を描く口端に皮肉の色が漂っている。三成は不快感を抱いたが、反論できなかった。男はだらっと立っているだけに見える。だが、隙がない。


「我らを窮追したのは貴様だな」

「んー。そうかもしれないねェ。でも、違うかもしれないねェ」

「おい、ふざけているのか。我らを追いつめたのは貴様かと聞いているのだ」

「僕ゥ。偉そうだねェ。こりゃぁ、敵を作るわけだァ」


何なのだ、こいつは。質問に答えないうえに嫌味を言われ、三成は舌打ちした。二人が会話をしている間も、兵士達は円陣を作り、じりじりと間合いを詰めている。だというのに、男の表情は小揺るぎもしない。それどころか、のそのそと三成へ歩みを寄せるではないか。


「おじさんはね、僕に用があるんだァ。おとなしく、おじさんと来てくれないかなァ」

「俺に? どういう了見だ」

「んー、ここじゃぁ、言いにくいからねェ。場所を移動しようかァ。二人っきりになれるところがいいなァ」

「戯言を。もうよい。打据えてくれる」


三成は圧し殺した声で威迫した。それを合図に、三成を守らんと味方が刀を掲げて男へ斬りかかる。


「ぐえっ」


三成は驚愕に瞠目した。
蛙が潰れたような醜い呻きが三成の鼓膜を抉ったと思えば、男に刃先を向けた兵が忽然と姿を消しているではないか。背後の騒ぎに振り返ると、そこには固唾を呑んで見守っていた歩兵達を押し倒して、鼻の軟骨を折られた兵が気絶していた。 


「かかれ!」


胸を潰すような危機感を振り払い、三成は早口で命じた。兵士達は恐れを消し去ろうとするかのように獰猛な咆哮をあげながら、刀を振り翳す。


「んー。できれば剣は振るいたくないんだがねェ」


男は、憐みを湛えた眼差しを向けたが、それは束の間だった。弛んだ空気を消し去るや、納刀したままの大太刀を豪快に振り回した。


「ぎゃぁ」「ぐへっ!」


でたらめな力で殴打された兵士達は悲鳴をあげて、次々と地面に転がっていく。男が鞘の先で地面を穿てば、地表に禍々しい亀裂が走り、生じた衝撃を受けて兵士たちの身体は無様に吹き飛ぶ。
男の膂力は、我々を圧倒的に凌駕している。真っ向から挑んだところで敵うはずがないであろう、隙を作り、一気に叩かなければこちらに勝機はない。草刈りのようにばたばたと味方が倒されていく最中、三成は馬上から飛び降りて、鉄扇を拾いあげた。


「安心しなァ……。峰打ちだ」


最後のひとりを蹴散らした男はそう呟いた。


「さて、あとは僕だけだ。無駄な抵抗はしないで、おじさんと一緒に来てもらおうかァ」


垣根越しの隣人に話しかけるような口調でそう言うと、男は大股で歩んできた。一歩、また一歩。


 
「たぁっ!」


男の足が間境を越えたのを視界に捉えた三成は、鉄扇を開き、硝煙で敵の視界を奪った。火薬の匂いがたちこもる中、すかさず一歩踏み込み、渾身の力を振り絞って、男の頭部へと鉄扇を放つ。
しかし、手ごたえはなかった。


「ちゃちな攻撃だねェ、僕。見直して損したかなァ」


背後からそっと囁かれ、三成の表情に電流が走った。迎撃しようと、身を反転させようとしたが


「……あぐっ!」


三成の首を鋭い衝撃が襲う。
……秀吉様
その思考を最後に、三成の意識は闇へと沈んでいった。









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