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憎と辱 -2-

つづきからどうぞ





「ん……」


鉛を流し込まれたように重い瞼を上れば、膜の張った視界に見慣れぬ天井がうつりこんだ。


「うぐっ」


体を起こそうとしたときだ。首筋に鈍痛が走って、三成は鼻に皺を寄せる。
何だ、この痛みは。そして、ここはどこだ……。


「やっと起きたねェ。僕」


弛んだ声に三成の思考は遮られた。首を押さえながら振り返れば、そこには囲炉裏ばたで胡坐をかいている大男の姿があった。ほのかな火に照らされた浅黒い顔は、三成の脳裏に味方の無残な姿を蘇らせる。


「貴様……っ!」

「ん、ああ…。あいさつがまだだったかァ。柳生宗矩だ」


柳生宗矩。聞き覚えのある名に、三成の敵意はほんの少しばかり静まった。訝しげに眉を寄せ、記憶の糸を辿る。ああ、そうだ。あれは確か。
大和へ入国した柴秀長が行った検地によって隠し田が見つかった。所有者の名は柳生宗厳。


「……脱税の露見によって領地を召し上げられた柳生家の者か」

「うほ、覚えててくれたのかい。嬉しいよォ。そう、金ピカ好きの猿のせいで貧乏になっちゃった、おじさんだ」


頬杖をついた柳生は刺のある口調で、言葉を刻んだ。どうやら、主の然るべき処罰に不服を抱いているようだ。


「失領を根に持って我らの敵に回るとは逆恨みもいいところだな。罪を悔い改めぬどころか、我らに敵意を向けるとは、救いようのない屑だ」


突き放す口ぶりが癪に障ったのか、柳生の太眉の尻が微かに動いた。しかし、薪の燃える音が二つとしないうちに、柳生は顔の力を弛めた。


「口のきき方に気を付けようねェ、僕。その物言いと態度は敵を増やすよォ」

「黙れ。貴様には関係のないことだ」


三成は、視界に入れるのも嫌といわんばかりに露骨に目を逸らした。主の敵であり、脱税に手を染める不届き者を今すぐにでも打ち据えてやりたいが、今の三成は、武器も防具も剥ぎ取られていて、身に着けているものといったら長着と袴だけであった。
三成は表情に不快感を湛えたまま、周囲に視線を配った。板壁の室内に備えられているのは囲炉裏と三成の尻に敷かれた褥、それと、木棒で内鍵をした戸ぐらいだ。一見したところ、どこかの庵のようである。静寂さから察するに、刻は深夜だろう。どうやら、気を失った後、この古びた庵に連れ込まれたようだ。


「俺をさらう理由はなんだ? 金銀か? それとも交渉を有利に運ぶためか?」

「ああ、そうさァ。秀吉の足を引っ張るためだァ。だが、それだけじゃぁない」


柳生はのそっと立ち上がった。意地悪げな笑みを満面に浮かべながら三成の傍らに膝を着き、骨ばった手を三成の顎へと伸ばした。
三成は反射的に顔をひいたが、握力の強い手に顎先を掴まれてしまう。


「んー。噂には聞いていたが、目も覚めるような美人だねェ」


品定めをするかのように身体を視線で舐めまわされ、その無遠慮な態度に苛立った三成は柳生の手を払おうとした。が、あっけなく手首を押さえられてしまう。


「離せっ! ……んくぅ」


浅黒い顔が視界を占領し、煙草と泥の匂いが鼻腔に満ちた。顔をしかめたその直後、柔らかい何かが三成の口腔に侵入した。蛭を思わせる生物が三成の舌を絡め取り、表面を撫でさすり、唾液を啜っている。
口を吸われている!
何事だと、目を瞠っていた三成だったが、状況を把握した途端、こめかみに火花が散ったような熱が迸った。


「んっ! くぅ!」


自由がきく片手に渾身の力をこめるが、鋼の肉体はびくともしない。それどころか、柳生に押し倒され、鍛えあげられた体躯の下敷きとなってしまう。こいつの目的はこれか。同性に、それも敵に蹂躙されるなど冗談ではない。


「つゥ!」


呻くと同時に柳生は三成から離れた。


「噛みつくなんて酷いよォ、僕」


おー、いてて。柳生はわざとらしく声をあげて、親指で舌先の血をすくう。
噛み切れなかったか。三成は己の失敗を内心で罵倒しながら、唾液に汚れた口元を手の甲で拭った。


「俺を手籠めにするつもりだな。そうはさせぬ、俺に指一本触れること、許さぬぞ! いいな」

「悪いけど、僕の言うことは聞いてやれんなァ。おじさん、秀吉の奏者を抱いたとなれば良い酒の肴になるしねェ。それに……」


軽蔑と憎悪の眼差しで刺し貫いてやったが、柳生は動じない。それどころか、がっしりとした顎を擦りながら


「相当溜まってるんだ、おじさん」


卑しい言葉を三成の鼓膜へ注いだ。









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