惹かれ -2-
・R-15くらいです
「汚い手で触るな! クズが!」
……俺は天下人となる秀吉様の側で采配を振るい、その天下を支えるべく奮闘しているのだ。
そして、一国一城の主でもある。クズの分際で俺に触れていいわけがない。
「たく、めんどくせぇ」
怒鳴り声をあげながら抗う三成を鬱陶しく思ったのだろう、
下衆共は舌を鳴らすと、懐から竹筒を取り出した。
不気味な匂いを漂わせる竹筒を警戒の瞳で睨みつける三成だったが、
口を無理やりこじ開けられ、反射的に瞼を硬く閉じてしまう。
「うぐぅ……」
生ぬるい液体が口の端から溢れる。
むせて咳き込む三成を無視して、下衆共はそれを強引に胃へと注ぎ込んだ。
「ぐはっ!」
ようやく解放された三成は、胃に溜まった液体を吐き出そうと
肩で息をしながら下衆共に背を向けた。
異変が起きたのはその直後だった。
「んっ!」
全身の筋肉が弛緩するや、血潮がカッと熱を発し、下腹部に強烈な悦が渦巻く。
媚薬の類を盛られたのだと回転の鈍った頭の片隅で理解した時には、
喉奥から淫靡な喘ぎ声が勝手にあがっていた。
「ん、あ、んんっ!」
力と自由を奪われた肉体に節くれだった指が虫のように這い回る。
胸の突起にぶ厚い爪がくっと突き立てられると、駆け抜けた悦に肉棒はさらに燃え盛った。
……蹂躙され、散々辱めを受けた後に首を刈り取られるというのか。
絶望的な状況で、三成が拳を握り締めた、そのときだった。
「何をしている」
冷え切った声が三成の鼓膜を叩いた。
見やれば、鞭のように引き締まった長身の男が緑の壁を背に佇んでいるではないか。
こちらを見下ろす瞳、氷塊に似た冷たさが含まれてるその硬い瞳を三成はよく知っていた。
「……た、高虎」
先刻対峙した男の名を呼んだ三成へ、高虎は冷笑を見せた。
……奴は敵だ。
三成は瞬時にそう察し、奥歯を噛みしめた。
そして、その勘は当たっていた。
「てめぇ、何者だ!」
下衆の一人が吠えながら抜刀した。
高虎といえば縦横無尽に戦場を駆け巡り、鮮血滴る細剣をあざやかに振るう強者である。
その武勇に敵味方問わず賛嘆の声があがったほどだ。
そして、今は秀長の側で比類なき力を発揮し、右腕として重宝されている。
……それほどの男を知らぬとは、所詮は捨て駒か。
三成は口の端に嘲笑を滲ませたが、下衆共の視線は突如現れた高虎へ注がれていた。
「羽柴の陣地にいるってことは、ただ者じゃねぇな!」
照り輝く太陽の光を受けて不吉に輝く刀尖を突きつけられたというのに、高虎の表情は小揺るぎもしない。
それどころか、悠長に腕を組んだまま樹木に寄り掛かっている。
「俺にかまっている場合か? お楽しみの最中なのだろう」
じりじりと間合いを詰める下衆へ高虎は冷然と言葉を投げつけた。
訝しげな表情を浮かべた下衆を体温のない声で叩き続ける。
「余計な邪魔立てはしない。思う存分、弄んだ後、首を持ちかえるがいい」
硬く冷たい声で言い放つと、尖った顎をしゃくり、三成を犯せと促す。
……この外道!
烈しい激情が怒濤の勢いで全身を攻め立て、声にならない怒声が脳裏に響き渡った。
冷酷を極める高虎に激しい憤りを禁じ得ない。
「おい、やめておけ。雑魚を相手にしたところで一銭にもなりゃぁしない。
それに雑魚にかまってる暇は俺達にはねぇんだ。ここが敵地だってことを忘れんなよ!」
三成の手首を握り締める男が、腰を中段に下ろしたままの下衆へ声を張りあげた。
「はっ、命拾いしたな」
仲間の言い分に納得したようだ。
下衆は刀を鞘へ収め、仲間の円陣へ加わると、唾液にてかる唇で三成の肌をきつく吸うのだった。
……触れるな、気色悪い!
罵声を浴びせようにも、舌の根が強張って声を押し出すことができない。
それどころか真っ赤に充血した肉棒を下衆に弄ばれて、
甲高い嬌声を迸った己に嫌悪の念を抱く始末である。
「あっ! ん、あ、あぁ」
唇全体を使って蜜口を吸われ、三成は息を荒げながら首をしならせた。
靄のかかった視界に映るのは、凄然と傍観している高虎の姿だ。
「助けて欲しいか?」
怒りの眼差で青い瞳を射抜く三成へ、高虎は短く告げた。
「秀長様への無礼を詫びろ。さすれば、助勢してやろう」
……冗談ではない。俺は無礼など働いていない。非がないのに非を認めるなどできぬ。
返答の代わりに睨みつけてやれば高虎が喉奥で笑いながら
氷刀のような鋭い視線を投げた。
「では、死ぬか。秀吉を支えると豪語していたというのにこの程度だったとはな。
あんたが命を落とせば秀吉の天下もおのずと遠ざかろう。君主の足を引っ張るとは武士失格だな」
……くっ!
拳が戦慄いたのは、一方的に罵られる悔しさからではない。
……秀吉様を支えるのはこの俺だ!
鉄鋼に似た強固な思いが三成の胸の内で弾けた。
鉛でも流し込まれたかのように重い手を懸命に動かして、地面を探る。
ふと、何かが指先に触れた。それはただの小枝だった。だが、先端が刃物のように尖っている。
三成は渾身の力を込めて枝を握り締めるや、口を寄せ付けてきた下衆のその顔面を突き刺した。
「ぎゃぁぁぁぁっ!」
胸の悪くなるような音があがった、その一拍後、大地を揺るがすような絶叫が三成の耳をつんざいた。
片目を貫かれた激痛に、男はひび割れた悲鳴をあげながらのた打ち回る。
三成は、狼狽する下衆共へ冷たい一瞥を与えるや、身を翻し、地面を蹴った。
だが、足が思うように動かず、無様にも地べたに突っ伏してしまう。
「てんめぇぇぇぇ!!」
憎悪に滾る声が頭上から降ってきた。
凄まじい膂力に身を返された、転瞬、三成は肺を潰されて、呼吸が止まった。
半面を血に染めた下衆が憤怒を湛えた瞳で三成をねめつけながら馬乗りになったのだ。
下衆は唇を捲って怒鳴っているが、激しく鼓膜を震わせている耳鳴りのせいでよく聞き取れない。
……ぁ。
三成の心臓が跳ね上がった。
下衆が草を薙ぐようにして刀を抜いたのだ。
そして、陽光を反射して眩く煌めく切っ先を三成の喉元めがけて振り下ろした。
-続-