惹かれ -4-
・色々許せる人向けです。
ゆっくり瞼を上げると、三成は薄暗い天井を見上げた。
ここは何処だ。今は何刻だ。
疑念を抱いたまま身を起こせば、水を含んだ布がぱさりと膝の上へ落ちた。
誰かが看病してくれたようだ。
人影を探そうと顔を上げれば、かすかな明るみを帯びた障子が目に留まった。
夜が深い。相当まどろんでいたらしい。
掌に麻の感触がして視線を転がせば、褥の上で夜着を纏った己を発見した。
「いつっ!」
突如、こめかみに走った痛みに三成は顔をしかめた。
と同時に、最後の記憶が鮮やかに蘇える。
高虎が愚者共を斬り殺し、血臭が鼻腔を突き刺す中、その高虎に……。
全身の血管が膨脹し、震える腕を掴めば、爪が皮を突き破り、血の実が成った。
男の手管に骨の髄まで蕩かされ、女のようによがって快楽を追求したのだ。
……反吐が出る。
鮮血が寝着に染みるが、己への嚇怒に苛まれる三成に些末事をかまう余裕などなかった。
「失礼いたします」
赤く染まった耳朶を叩いたのは、しわがれた声だった。
庭に面した障子が静かに開き、頭を丸めたお坊主が姿を現した。
膝元の水を張った桶から察するに三成を看ていたのは彼だろう。
「三成様、お目覚めになられたのですね」
お坊主は起き上がった三成を見つけるなり皺だらけの顔に安堵を湛えた。
三成が恥辱に遭ったことを彼は知っているだろう。
お坊主は礼譲をつくしてから布に手を伸ばして水に浸す、その間、
三成は耐えがたい恥に奥歯を噛みしめていた。
だが、憐れまれていると思うと、耐えきれなくなり
「俺を嘲笑っているのだろう。無理をするな、笑え」
不機嫌な色を口の端に溜る三成を目にするや、
お坊主は弾けるように後退し、深々と頭を下げた。
「嘲るなど滅相もございません。確かに雑兵に襲われ、供を失われましたが、
お一人で窮地を脱したと高虎様から聞いてござりまする。
武も智も優れておられるとは、さすがは秀吉様の股肱の臣と、畏敬の念を抱いておりまする」
……何だと?
「そうか、俺の思い過ごしのようだった。もうよい、下がれ」
「はは。それでは高虎様をお呼びしつかまつる」
お坊主は慇懃にお辞儀をするとひき下がり、三成は遠のく足音を耳にしながら眉間に皺を寄せた。
高虎は事実を曲げて伝えている。それも三成を持ち上げる形に。
……口止めの見返りを要求するつもりだ。
俺の弱みを盾にして今後の処遇を高望みするに違いない。
生かしたのは利用するためだ。
……貉め。
月明かりが差し込んだのは、毒を孕んだ低い罵声が腹の中で轟いた、その直後のことである。
「起きたか」
熱を奪うような声だった。
静寂な光を受けて銀色に縁どられた甲冑を着込んだ男が、
星明かりに白む廊下から三成を見下ろしている。
高虎だ。
脅しには屈さぬと三成は刃物に似た鋭い視線で睨み据えるが、
黒髪の下の端正な顔は小揺るぎもしない。
「着ろ」
冷たい語調で重ねられた言葉は口止めの見返りとは無関係だった。
肉の薄い顎をしゃくって示したのは枕元に置かれた小袖だ。
「あんたを無事に送り届けるよう、秀吉様から命が下った。
咳気を患っている秀吉様の心をこれ以上煩わせたくなければ、早々に支度をするのだな」
畳に落ちていた影が動いた。高虎が腕を組んだのだ。
「今夜は月のおかげで道中に灯りは不要だ。
敵に居場所を知られる危険性もなかろう。
今出れば昼には境に着くはずだ。俺は先んずる。
すぐに来い、いいな」
「おい。待て」
踵を返した高虎の背を、三成は声で追った。
「言うことはそれだけか?」
挑発的な眼差しを注ぐ三成へ、高虎は背を向けたまま
「ああ、それだけだ」
平素、変わりない声色で応じると、三成に興味が無いといったふうに後ろ手で障子を閉めた。
……何故だ。
拍子抜けをした後に三成の脳裏に訪れたのは一つの疑問だ。
……脅喝すれば巨益が懐に転がってくるというのに、何故それをしない。
嫌悪の情を抱いているというのに何故俺の名誉を守ろうとするのだ。
解せぬ奴である。
だが。
「……高虎」
月光が滲む障子を見つめる瞳に険はなかった。
呟きに返答はなく、薄闇に溶けて消えた。
-終-
ゆっくり瞼を上げると、三成は薄暗い天井を見上げた。
ここは何処だ。今は何刻だ。
疑念を抱いたまま身を起こせば、水を含んだ布がぱさりと膝の上へ落ちた。
誰かが看病してくれたようだ。
人影を探そうと顔を上げれば、かすかな明るみを帯びた障子が目に留まった。
夜が深い。相当まどろんでいたらしい。
掌に麻の感触がして視線を転がせば、褥の上で夜着を纏った己を発見した。
「いつっ!」
突如、こめかみに走った痛みに三成は顔をしかめた。
と同時に、最後の記憶が鮮やかに蘇える。
高虎が愚者共を斬り殺し、血臭が鼻腔を突き刺す中、その高虎に……。
全身の血管が膨脹し、震える腕を掴めば、爪が皮を突き破り、血の実が成った。
男の手管に骨の髄まで蕩かされ、女のようによがって快楽を追求したのだ。
……反吐が出る。
鮮血が寝着に染みるが、己への嚇怒に苛まれる三成に些末事をかまう余裕などなかった。
「失礼いたします」
赤く染まった耳朶を叩いたのは、しわがれた声だった。
庭に面した障子が静かに開き、頭を丸めたお坊主が姿を現した。
膝元の水を張った桶から察するに三成を看ていたのは彼だろう。
「三成様、お目覚めになられたのですね」
お坊主は起き上がった三成を見つけるなり皺だらけの顔に安堵を湛えた。
三成が恥辱に遭ったことを彼は知っているだろう。
お坊主は礼譲をつくしてから布に手を伸ばして水に浸す、その間、
三成は耐えがたい恥に奥歯を噛みしめていた。
だが、憐れまれていると思うと、耐えきれなくなり
「俺を嘲笑っているのだろう。無理をするな、笑え」
不機嫌な色を口の端に溜る三成を目にするや、
お坊主は弾けるように後退し、深々と頭を下げた。
「嘲るなど滅相もございません。確かに雑兵に襲われ、供を失われましたが、
お一人で窮地を脱したと高虎様から聞いてござりまする。
武も智も優れておられるとは、さすがは秀吉様の股肱の臣と、畏敬の念を抱いておりまする」
……何だと?
「そうか、俺の思い過ごしのようだった。もうよい、下がれ」
「はは。それでは高虎様をお呼びしつかまつる」
お坊主は慇懃にお辞儀をするとひき下がり、三成は遠のく足音を耳にしながら眉間に皺を寄せた。
高虎は事実を曲げて伝えている。それも三成を持ち上げる形に。
……口止めの見返りを要求するつもりだ。
俺の弱みを盾にして今後の処遇を高望みするに違いない。
生かしたのは利用するためだ。
……貉め。
月明かりが差し込んだのは、毒を孕んだ低い罵声が腹の中で轟いた、その直後のことである。
「起きたか」
熱を奪うような声だった。
静寂な光を受けて銀色に縁どられた甲冑を着込んだ男が、
星明かりに白む廊下から三成を見下ろしている。
高虎だ。
脅しには屈さぬと三成は刃物に似た鋭い視線で睨み据えるが、
黒髪の下の端正な顔は小揺るぎもしない。
「着ろ」
冷たい語調で重ねられた言葉は口止めの見返りとは無関係だった。
肉の薄い顎をしゃくって示したのは枕元に置かれた小袖だ。
「あんたを無事に送り届けるよう、秀吉様から命が下った。
咳気を患っている秀吉様の心をこれ以上煩わせたくなければ、早々に支度をするのだな」
畳に落ちていた影が動いた。高虎が腕を組んだのだ。
「今夜は月のおかげで道中に灯りは不要だ。
敵に居場所を知られる危険性もなかろう。
今出れば昼には境に着くはずだ。俺は先んずる。
すぐに来い、いいな」
「おい。待て」
踵を返した高虎の背を、三成は声で追った。
「言うことはそれだけか?」
挑発的な眼差しを注ぐ三成へ、高虎は背を向けたまま
「ああ、それだけだ」
平素、変わりない声色で応じると、三成に興味が無いといったふうに後ろ手で障子を閉めた。
……何故だ。
拍子抜けをした後に三成の脳裏に訪れたのは一つの疑問だ。
……脅喝すれば巨益が懐に転がってくるというのに、何故それをしない。
嫌悪の情を抱いているというのに何故俺の名誉を守ろうとするのだ。
解せぬ奴である。
だが。
「……高虎」
月光が滲む障子を見つめる瞳に険はなかった。
呟きに返答はなく、薄闇に溶けて消えた。
-終-
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無題
- NONAME
- 2013/09/20(Fri)21:04:40
- 編集
続き楽しみです!!
次回も期待してます。
次回も期待してます。
無題
- NONAME
- 2013/09/21(Sat)08:17:12
- 編集
>名無し様
コメント、ありがとうございますー!
続きを楽しみにして下さるとは、とても嬉しいです。
次回は現パロを書こうかな、なんて思っております。
お付き合いいただけたら幸いです。
今後とも宜しくお願い致しますー!!
コメント、ありがとうございますー!
続きを楽しみにして下さるとは、とても嬉しいです。
次回は現パロを書こうかな、なんて思っております。
お付き合いいただけたら幸いです。
今後とも宜しくお願い致しますー!!