*馬鹿可愛い
・他の黒バスのお話とはリンクしていません。
秘部がきゅっと締まって、火神は腰骨から駆け上がってきた強烈な快楽に息を詰まらせた。
思わず目を細めたけれど、眼前の煽情的な情景からは絶対に視線を外さなかった。
「んぁ、火神くん……っ、火神君……」
火神に跨がり雄を貪る黒子の姿は、普段、淡泊そうな彼から想像に難しく、
その倒錯した光景は火神の欲望を煽り立てた。
「あ、んぁっ! 火神君っ、もっと、んぁ」
「やべー、黒子、っ、すげー可愛い、っ」
桜色の頬を見せておねだりする黒子が死ぬほど可愛かったから、
力一杯剛直を打ち込んで、肉壁が破けるくらい強く蜜腺を穿ってやった。
「―――――っ!!」
薄い唇が艶めかしく割かれた。
一際濡れた声を待ち望んだけれど、残念なことに声は轟く雷鳴に掻き消されてしまった。
雷鳴の残響が耳奥に蟠っている。
火神がうっすらと瞼を開くのと白光の来襲はほとんど同時だった。
視界が白み、雷光を浴びた椅子や机が床に影を落とす。
窓際の席から外へ視線を転がすと、墨汁を垂らしたような闇の中を大量の雨が走っていた。
……くそっ、夢かよ。
天から地へ突き落されたような気分だ。
ひどく落胆して火神は後頭部を乱暴に掻いた。
どうやら、帰りのHRで一眠りしようとしたつもりが、
部活で蓄積した疲労にガッツリと惰眠を貪ってしまったらしい。
誰か起こせよと心中でぼやきながら、火神は鞄を肩で担いで、席を立ち上がった。
振り向けば、黒子の机が視界の端に留まって、頬がカッと発熱する。
抑揚を欠いた平坦な声に愛想が一切ない表情。
無関心かと思いきや、淡々と人の痛い所を言葉で貫く。
おまけに背中がむず痒くなるような臭い台詞を吐くわ、
透明人間のように突然目の前に現れて驚かすわ、頑固だわ。
だけど、人一倍バスケに真剣で、努力を惜しまなくて、コートの上では最も頼りになる存在だ。
それに、口元が綻ぶと、戸惑ってしまうほど可愛い。
汗が転ぶ白い首筋に歯を立てたい、服を捲って肌に吸い付きたい、
数分に一回はそう思うようになっていて、その激情が火神にあんな夢を見させたのだ。
「……諦めなきゃいけねーのにな」
黒子の席に視線を落としたまま、呟いた。
あれは夏が訪れる前だっただろうか。
青峰へ視線を送っている黒子の姿を発見した。
情熱と悲しみをないまぜにした黒子の眼差しに火神は直感したのだ。
黒子は青峰を好いているのだと。
だったら、幸せを願ってやるのが相棒だ。
だから、想いを殺すことにした。
だが、欲望は日に日に強さを増してゆく。
……どうすりゃいいんだよ。
らしくもなく頭を垂れていると、乾いた音が火神の耳朶を叩いた。
顔を上げるや、火神は瞠目した。扉の向こうに佇んでいるのは……
「……黒子」
「火神君」
声が重なるのと同時に、柔らかい弧を描いた瞼が吊り上げて黒子は驚きを示した。
「どうしたんですか? まさか、あのままずっと寝ていたんですか?」
「ああ、まーな。ていうか、お前こそどうした? 全身びしょ濡れじゃねーか」
「忘れ物を取りにくる途中、雨にやられたんです」
濡れそぼった髪から滴る雫を手の甲で拭いながら黒子がこちらへ向かってきて、
火神の心音が飛び跳ねた。
耳が熱い。意識し過ぎだ。
「……火神君」
黒子を直視できなくて、視線を床へ落としていたが、名を呼ばれて目線を上げた。
そして、後悔の念を抱いた。
濡れたワイシャツから透ける肌。場所を明らかにしている突起。
股間がカッと熱を発した。
「オレ、用事があるから、先に行くわ、じゃあな」
襲いたい衝動に駆られた火神は床を蹴って、黒子の脇を抜けた。
だが、伸びてきた手にワイシャツの裾を掴まれ、逃走に失敗する。
「最近、様子がおかしいです。ボクの目を見ないですし、避けるように逃げます。
ボク、何か気に障るようなことをしましたか?」
寂しさを含んだ声が火神の背中に触れたが、振り向けなかった。
べったりと髪が張り付いた顔の中の薄い唇を見てしまえば歯止めが利かなくなりそうだった。
「気のせいじゃねーの」
「気のせいではありません。火神君は馬鹿正直です。態度にすぐ出ますから分かります」
「馬鹿正直ってお前な……」
思わず首を捻れば、黒子は心痛な面持ちで火神を見据えていた。
「露骨に避けられると気にかかります。ボクに何かあるのなら面と面を向けて言ってください。
理由が納得いくものでしたら努力を尽くします」
その声は明瞭だったけれどトーンが落ちていた。
少しでも早く気持ちに踏ん切りをつけるために、練習以外は黒子を避けていたのだが、
結果それが黒子を悩ませたらしい。
けれど、本当のことは絶対に言えない。
「……どうして、何も言ってくれないんですか?」
切り返しの言葉が見つからず、
押し黙ってしまった火神の耳に入ってきたのは沈んだ声だった。
一閃する稲妻を浴びて浮き上がった顔には悲哀が滲んでいて、
その表情は火神の拳に細かい震えを刻ませた。
……そんな顔、すんなよ。
「……さすがに不安になりますよ」
ゆっくりと伏せられた瞳。かつての相棒を思い出しているのだろうか。
「相棒関係を……解消したいんじゃないかって」
……違う!
……オレはお前を、捨てたりしねぇ!! あいつとは違うんだ!!
腹を抉るような轟音と昂った感情が爆ぜたのは、ほぼ同じ時だった。
「好きなんだっ!」
咆哮じみた声を吐いて、濡れた体をひん抱いた。
「お前が好きなのは青峰だろ? 応援しなきゃいけねー立場なのにオレ……
滅茶苦茶、お前のことが好きで、こんなんじゃ、ちゃんと応援できねーし、
だから早く気持ちが冷めるように、出来るだけ距離を置いてたんだよ」
「オレにしろよ! オレならお前を大事に出来る! あいつとは違う!!」
一度堰を切った想いは、とどまることを知らずに言葉となって溢れ出す。
……やべぇ、言っちまったよ、全部。
全て絞り終えると、理性と恐怖が腹の底で渦を巻き出した。
すり抜けて逃げてしまいそうな気がして、
火神は腕にぎゅっと力を込め、体温の低い肌と体を密着させる。
「……火神君」
「うぐっ!」
少し怒ったような声を投げられた、転瞬、鳩尾に痛撃が走って、
鋭い痛みに火神は反射的に腹を抱えた。
その一瞬の隙を狙って、黒子は硬い腕から抜け出した。
「まず、苦しいです。馬鹿力で抱き締めないでください。窒息死します」
体を九の字に折った火神の頭に荒い息遣いが落ちてきて、
見上げれば、黒子が肩で息をしていた。
「それと、人の気持ちを勝手に決めて、勝手に諦めないでください。
火神君の推測は呆れるほど的を射ていないです」
「え?」
青峰のことは好きじゃない、だと?
いまだに体の芯に痛覚が残留していが、そんな些末事はどうでもよかった。
「青峰君は特別な人です。元相棒ですし、
ボクのバスケ人生の支柱と言っても過言ではありません。
ですが、そういう対象としては見ていません」
「え?」
「火神君の思い過ごしです」
「え?」
次々と明かされる衝撃の真実に開いた口が塞がらない。
「だって、お前、青峰のことを意識してるだろ?」
青峰の背を見つめる黒子の姿が頭の片隅に蘇る。
その眼差しは特別な意味を孕んでいて、今でも思い出すたびに火神の胸をざわつかせる。
「意識しますよ、かつての相棒ですし、
彼に勝ちたいですから。ですが、これと恋愛対象は別の話です」
「……………」
思考が追いつかない。
元々、回転のよろしくない頭だが、畳み掛けるように打撃を浴びせられて、
思考回路は完全にショートしてしまったようだ。
黒子は青峰が好きで、相棒の幸せを願わなきゃいけないから、
火神は想いを押し殺したけれど、スタートから勘違いをしていたのだ。
……何やってたんだ、オレ。
ばつが悪くて髪をガシガシと掻いた。
そんな火神に追い打ちを掛けるように、黒子が口を開いた。
「ボクも火神君が好きです」
「………………え?」
温度のない表情を、思わず火神はじっと見返してしまった。
頭の中は真っ白に塗りつぶされて、言葉は出やしない。
「え? じゃないですよ。君が告白してきたから、それに答えたんです」
拗ねたように唇を尖らせて、黒子は火神を睨む。
身長差のせいか上目遣いをしているように見えて可愛かった。
いや、それよりも。
「オレのこと好きなのか?」
「聞き返さないでください」
口調は怒っているけれど、目を伏せた黒子の頬には赤みが差されていた。
こいつはオレのことが好きで、オレもこいつのことが好きで、つまりそれは……
……両想い。
「やべぇぇ! すっげぇぇ、嬉しいっ!」
突然降ってきた幸福に火神は満面に笑みを拵えると、
ありったけの力を振り絞って黒子を掻き抱いた。
「痛いです。あと、鼓膜が破けるので耳元で大声を出さないでください。
君の声は騒音レベルです」
黒子は憎たらしく文句を言うけれど、攻勢をかけずに大人しく抱かれていた。
それをいいことに、火神は水色のつむじに顎を乗せて、しばし余韻に浸るのだった。
-End-