迂回
・内容を変更しました。
・クリスマスの日に練習している二人。
・今更だと諦めている青峰君と男前の黒子。
ダムダムと弾んでいたボールの音が止んだ。
転瞬、ボールはゴールを目掛けて放物線を描いたが、ネットを潜ることはなかった。
ガンと音を立ててリンクに激突した後、薄闇に包まれたコートへ落下したのだ。
相変わらずへぼいシュートを見せつけてくれる。まぁ、前に比べてましにはなっているか。
ボールを追いかける黒子を眺めながら、青峰は頭を掻いた。
数時間前、黒子に呼び出されて、シュートを教えてくれと頼まれた。
想定外の展開に、眉間に皺を寄せたけれど、付き合うことにしてやった。
黒子に感謝しているから。
ダウンジャケットに手を突っ込んだままアドバイスをしてやると、
黒子は分かりましたと一言返事をしてから再びボールを宙へと放った。
パサッと乾いた音と共にネットが大きく揺らいだ。
ようやく入ったか、と努力の成果に対してさして喜びもせず、
黒子へ視線を注いでいた青峰だったが、黒子が汗に濡れた髪を跳ねさせながら振り返ると、
その瞳を大きく見開いた。
緩やかな孤を描いた薄い唇。
朝凪のような穏やかで静かな微笑みはあの頃とちっとも変っていなくて、
止まっていた黒子への想いに再び脈動を打たせた。
……好きだ。中二の時からずっと。
だが
「んぐらいで喜んでんじゃねーよ。オラ、もう一本さっさと打てよ。忘れねぇ、うちに」
「はい」
コンクリートの地面に転がったボールを黒子が追いかけるのと同時に青峰は奥歯を噛みしめた。
今更だ。
黒子には火神がいる。黒子の中に青峰の居場所はない。
黒子を突き放したのは、否定したのは自分だ。自業自得だ。
……諦めなきゃな。
らしくもなく腹の底でポツリと呟いたときだった。
「青峰君?」
薄暗い底へ沈んでいた青峰の意識を現実へ浮上させたのは静かな声だった。
声に出してしまったのかと、ハッと顔を上げれば、黒子は頬に転んだ汗を手の甲で拭っていた。
「今のシュート、どうでした?」
「わりぃ、見てなかったわ」
罰が悪そうに後頭部を掻く青峰を澄んだ瞳がじっと見据える。
何を考えているか把握しづらい目で青峰を捉えたまま、黒子は薄い唇を開いた。
「また、諦めようとしているんですか?」
心中を見透かされて、思わず息を飲んだ。
「君はすぐに顔に出るから分かりますよ。単純ですね」
「う、うるせーな!」
悔しさに吠えて、その残響が消え去った後、静寂が降ってきた。
鼓膜に届くのは刺すように冷たい風の音と遥か遠くで鳴らされた車のクラクション音だけだ。
「……青峰君」
落ち着き払った呟きが、居た堪れなさに地面へ落ちていた青峰の視線を上げさせた。
黒子は瞬きの少ない瞳で青峰を真っ直ぐ見詰めたまま、夜風に言葉を乗せた。
「一人で抱え込まないで下さい。
ボクに出来ることなら協力します。君の笑顔を失うのは嫌ですから」
……テツ。
まだそんなことを言ってくれるのか。あんなに傷つけたのに。
誰よりも強くて優しい、陰鬱とした青峰の世界に光を射してくれた愛おしい存在。
「ヤリてぇ。お前と、これから毎日」
唇が勝手にデリカシーのない台詞を吐き出した。
そのことに気が付いたのは一呼吸置いてからだった。
……オレって、ほんと馬鹿だな。
伝えたいことは他にあるのに。
言葉の意味を咀嚼し切れていないのだろう、黒子は蛍光灯の下で無表情のまま佇んでいる。
理解したらどんなリアクションをとるのだろうか。
呆れ果てるか、怒るか、それとも気持ち悪がられるだろうか。
固唾を飲んで答えの行方を待っていると、青峰を映していた瞳が伏せられた。
「それは困ります」
冷たいものが青峰の胸に重くのしかかってきた。
……だよな。
当たり前の答えが返ってきただけだというのに、錐にでも刺されたかのように胸が痛んだ。
だが、その痛覚は次の瞬間、煙のように散る。
「毎日は無理です。バスケに支障が出ますから。その辺を考慮してくれるなら、かまいません」
「え?」
「それにしても、デリカシーの無い即物的な告白ですね。君らしいです」
かまいません。
告白ですね。
戯れ言を告白と察し、さらに青峰を受け入れるというのか。
「……テツ。だってお前、火神と付き合ってんだろ?」
「付き合っていませんよ」
「え?」
嘘だ。
喧嘩ばかりのようだが、二人の間には誰も踏み入れないほどの濃密な繋がりが確かにあった。
「火神君はかけがえのない相棒ですが、それだけです。ボクの隣はずっと空いたままだ……」
熱を帯びた瞳が青峰から疑心も思考も奪い取った。
言葉を紡ぎ出そうとしている薄い唇が青峰の視線を独り占めにする。
「第四体育館で練習をしていた頃から」
黒子は想いを告げると、笑みを湛えたまま細い指先でボールを投げた。
影と共に落ちてきたボールを青峰は反射的にキャッチする。
「随分、遠回りをしましたけれど、辿り着けたんですね、ボク達」
白い顔には清らかな微笑が添えられていて、その笑みが愛おしくてたまらなかった。
「テツ!」
青峰はボールを黒子の胸元を目掛けて放った。
……もう、二度と離さねぇ。
そう誓いながら。
-End-
・クリスマスの日に練習している二人。
・今更だと諦めている青峰君と男前の黒子。
ダムダムと弾んでいたボールの音が止んだ。
転瞬、ボールはゴールを目掛けて放物線を描いたが、ネットを潜ることはなかった。
ガンと音を立ててリンクに激突した後、薄闇に包まれたコートへ落下したのだ。
相変わらずへぼいシュートを見せつけてくれる。まぁ、前に比べてましにはなっているか。
ボールを追いかける黒子を眺めながら、青峰は頭を掻いた。
数時間前、黒子に呼び出されて、シュートを教えてくれと頼まれた。
想定外の展開に、眉間に皺を寄せたけれど、付き合うことにしてやった。
黒子に感謝しているから。
ダウンジャケットに手を突っ込んだままアドバイスをしてやると、
黒子は分かりましたと一言返事をしてから再びボールを宙へと放った。
パサッと乾いた音と共にネットが大きく揺らいだ。
ようやく入ったか、と努力の成果に対してさして喜びもせず、
黒子へ視線を注いでいた青峰だったが、黒子が汗に濡れた髪を跳ねさせながら振り返ると、
その瞳を大きく見開いた。
緩やかな孤を描いた薄い唇。
朝凪のような穏やかで静かな微笑みはあの頃とちっとも変っていなくて、
止まっていた黒子への想いに再び脈動を打たせた。
……好きだ。中二の時からずっと。
だが
「んぐらいで喜んでんじゃねーよ。オラ、もう一本さっさと打てよ。忘れねぇ、うちに」
「はい」
コンクリートの地面に転がったボールを黒子が追いかけるのと同時に青峰は奥歯を噛みしめた。
今更だ。
黒子には火神がいる。黒子の中に青峰の居場所はない。
黒子を突き放したのは、否定したのは自分だ。自業自得だ。
……諦めなきゃな。
らしくもなく腹の底でポツリと呟いたときだった。
「青峰君?」
薄暗い底へ沈んでいた青峰の意識を現実へ浮上させたのは静かな声だった。
声に出してしまったのかと、ハッと顔を上げれば、黒子は頬に転んだ汗を手の甲で拭っていた。
「今のシュート、どうでした?」
「わりぃ、見てなかったわ」
罰が悪そうに後頭部を掻く青峰を澄んだ瞳がじっと見据える。
何を考えているか把握しづらい目で青峰を捉えたまま、黒子は薄い唇を開いた。
「また、諦めようとしているんですか?」
心中を見透かされて、思わず息を飲んだ。
「君はすぐに顔に出るから分かりますよ。単純ですね」
「う、うるせーな!」
悔しさに吠えて、その残響が消え去った後、静寂が降ってきた。
鼓膜に届くのは刺すように冷たい風の音と遥か遠くで鳴らされた車のクラクション音だけだ。
「……青峰君」
落ち着き払った呟きが、居た堪れなさに地面へ落ちていた青峰の視線を上げさせた。
黒子は瞬きの少ない瞳で青峰を真っ直ぐ見詰めたまま、夜風に言葉を乗せた。
「一人で抱え込まないで下さい。
ボクに出来ることなら協力します。君の笑顔を失うのは嫌ですから」
……テツ。
まだそんなことを言ってくれるのか。あんなに傷つけたのに。
誰よりも強くて優しい、陰鬱とした青峰の世界に光を射してくれた愛おしい存在。
「ヤリてぇ。お前と、これから毎日」
唇が勝手にデリカシーのない台詞を吐き出した。
そのことに気が付いたのは一呼吸置いてからだった。
……オレって、ほんと馬鹿だな。
伝えたいことは他にあるのに。
言葉の意味を咀嚼し切れていないのだろう、黒子は蛍光灯の下で無表情のまま佇んでいる。
理解したらどんなリアクションをとるのだろうか。
呆れ果てるか、怒るか、それとも気持ち悪がられるだろうか。
固唾を飲んで答えの行方を待っていると、青峰を映していた瞳が伏せられた。
「それは困ります」
冷たいものが青峰の胸に重くのしかかってきた。
……だよな。
当たり前の答えが返ってきただけだというのに、錐にでも刺されたかのように胸が痛んだ。
だが、その痛覚は次の瞬間、煙のように散る。
「毎日は無理です。バスケに支障が出ますから。その辺を考慮してくれるなら、かまいません」
「え?」
「それにしても、デリカシーの無い即物的な告白ですね。君らしいです」
かまいません。
告白ですね。
戯れ言を告白と察し、さらに青峰を受け入れるというのか。
「……テツ。だってお前、火神と付き合ってんだろ?」
「付き合っていませんよ」
「え?」
嘘だ。
喧嘩ばかりのようだが、二人の間には誰も踏み入れないほどの濃密な繋がりが確かにあった。
「火神君はかけがえのない相棒ですが、それだけです。ボクの隣はずっと空いたままだ……」
熱を帯びた瞳が青峰から疑心も思考も奪い取った。
言葉を紡ぎ出そうとしている薄い唇が青峰の視線を独り占めにする。
「第四体育館で練習をしていた頃から」
黒子は想いを告げると、笑みを湛えたまま細い指先でボールを投げた。
影と共に落ちてきたボールを青峰は反射的にキャッチする。
「随分、遠回りをしましたけれど、辿り着けたんですね、ボク達」
白い顔には清らかな微笑が添えられていて、その笑みが愛おしくてたまらなかった。
「テツ!」
青峰はボールを黒子の胸元を目掛けて放った。
……もう、二度と離さねぇ。
そう誓いながら。
-End-
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