高校黄黒の日
・7/11の高校黄黒の日を祝って小説をUPしてみました。
・黒子っちの彼ユニにキャァキャァ騒ぐ黄瀬と
そんな黄瀬をうざったくも可愛く思っている黒子のお話。
「絶対に振り向かないでください」
声を投げながら黒子は一番上のボタンを外した。
風呂に入る動きでワイシャツを肩から滑らせると、
それを月明かりを浴びて青白く光る床へ落とした。
「黄瀬君」
餌を目前に待てと命令された犬のように黄瀬がそわそわしているのを
感じ取ったのは黒子がベルトに手をかけたときだ。
待ちくたびれて突撃してくる前に、
ベッドで『待て』を守っている黄瀬へ、もう一度釘を刺しておく。
「見たら顔面イグナイトですよ」
「絶対に見ないっス! 見ないから、早く来て! 我慢すんのキツイっスよぉ」
鳴き声が鬱陶しいからさっさと済ませてしまおうと黒子は鞄の中へ手を突っ込んだ。
微かな月の光の下へ晒されると、それは……
爽やかな白のラインが走るユニフォームは、その青みの鮮やかさを増した。
黄瀬のユニフォームである。
海常のマネージャーから密かに借りたのだ。
黄瀬が自分のユニフォームを着てくれ、着てくれと
黒子の腰をホールディングして騒いでいたのは随分前の話である。
いわゆる彼ユニをしたかったそうだが、黒子は即断った。
体格差をありありと突きつけられるのは面白くない。絶対に着たくない。
願いを聞き入れて貰えず黄瀬は唇を尖らせて少し拗ねていたけれど、
黒子は答えを変える気はなかった。
だが、その答えを覆したのが誰あろう黄瀬である。
黒子は丁寧に折り畳まれたユニフォームから部屋の中央に佇むテーブルへ視線を転がした。
そこにあるのは数年前に絶版となった小説だ。
『今日は黄黒の日っスよ! はい、プレゼント!!』
そう笑顔で手渡されたのが数分前の出来事である。
黄瀬は『この本、探してたでしょ。オレ、顔が広いからすぐに手に入っちゃったっス!』と
屈託なく笑っていたけれど、黒子は知っていた。
この小説は、路地の奥でひっそりと構える古本屋で売られていて、最近とある男が買った。
その男は小説本がネットや大型書店では手に入らないと知ると、
何軒も何軒も辛抱強く古い本屋を渡り巡ったそうだ。
全ては好きな人のために。
古本屋の店長が黒子にそう教えてくれた。
ようやく見つけ出した小説が売り切れてしまっていて黒子は肩を落としたけれど
『そうそう、海常の制服を着ていたねぇ。ああ、そうだ。確かモデルの……名前なんだっけなぁ』
男の特徴を聞いた途端、愛おしさが胸に這い上がってきた。
モデルの仕事と部活で忙しいところ、男は探し回ってくれたのだ。
……肩が落ちる。
黒子は肩から垂れ下がるユニフォームを引っ張って首もとへ寄せたけれど、
肩幅の広いユニフォームはずるずると滑り落ちてしまう。
黄瀬が規格外なだけなのだと分かっているが、
こうも体格の差があると黒子のプライドに亀裂が入ってしまう。
正直な話、黄瀬のためとはいえ気乗りしない。
しかし、今日だけだと自分に言い聞かせながら黒子は眉間に刻んだ皺を消した。
「黄瀬君、もういいですよ」
黒子の指先が電気のスイッチに触れた。
黄瀬は彩度の高い黄色の髪をさらりと揺らして振り返ったが、黒子を目にした転瞬、
端麗な顔に湛えていた輝かしい笑みを消失させ、茫然としてしまう。
じゃれながら喚くかと思っていたのだが。
何かまずったかと黒子は頬を掻いた。
「……黒子っち」
肩に重く圧し掛かってきた沈黙を破ったのは黄瀬のほうだった。
「それ……。着てくれたの? あんなに嫌がってたのに」
「今日は記念日ですから着てみたんです。変ですか?」
「う、ううん!!」
ちぎれんばかりに首を振って否定を示すと、黄瀬は黒子の手をそっと取った。
「すっごい可愛いよ。ていうか、嬉しい。絶対にやってくれないって思ってたから。夢みたいっス」
黄瀬はそう告げると、
紅茶に放り込んだ砂糖のように表情をぐずぐずに崩し、照れくさそうに頬を紅潮させた。
……可愛い。
「黒子っち……」
甘く囁くと黄瀬は溶け崩れた笑みを浮かべたまま立ち上がり、黒子の背へ腕を回したのだが
「ああ、駄目だ!」
肩を掴まれ、物凄い力で突き離された。
何事かと頭一つ高いところにある顔を見上げれば、苦しみを滲ませた瞳と視線がかち合う。
あまりにも辛そうなさまに、黒子は息を飲んだ。
「ぎゅぅーってしたいけど、せっかくの彼ユニ黒子っちが見えなくなっちゃう!」
思わず瞬きを忘れた。真剣さを瞳に織り込ませながら言う台詞じゃない。
馬鹿なことを切羽詰まった様子で言う黄瀬に呆れるなというほうが無理だろう。
一瞬でも彼を心配した自身にすら呆れる。
「ああ、でも、ぎゅぅぅぅってしたいっス!
でも、一秒でも長く眺めていたいし!! どうすりゃいいんスか!!」
黄瀬は形の良い唇から次々とくだらないことを吐き出しながら、
髪をくしゃくしゃに掻いて嘆いた。
ギャンギャンうるさい。
けれど。
「本当に、騒がしい人ですね、黄瀬君は。ご近所迷惑になるので慎んでください」
「そんなぁ~。黒子っちの彼ユニっスよ!!
超レアじゃないっスか! 騒ぐなっていうほうがっ………」
喧しい吼え声はピタリと止んだ。
黒子が黄瀬の唇に人差し指を立てたからだ。
見開かれた瞳をじっと見据えながら黒子は唇を割いた。
「言うことを聞いてください。また着てあげますから」
-End-
・黒子っちの彼ユニにキャァキャァ騒ぐ黄瀬と
そんな黄瀬をうざったくも可愛く思っている黒子のお話。
「絶対に振り向かないでください」
声を投げながら黒子は一番上のボタンを外した。
風呂に入る動きでワイシャツを肩から滑らせると、
それを月明かりを浴びて青白く光る床へ落とした。
「黄瀬君」
餌を目前に待てと命令された犬のように黄瀬がそわそわしているのを
感じ取ったのは黒子がベルトに手をかけたときだ。
待ちくたびれて突撃してくる前に、
ベッドで『待て』を守っている黄瀬へ、もう一度釘を刺しておく。
「見たら顔面イグナイトですよ」
「絶対に見ないっス! 見ないから、早く来て! 我慢すんのキツイっスよぉ」
鳴き声が鬱陶しいからさっさと済ませてしまおうと黒子は鞄の中へ手を突っ込んだ。
微かな月の光の下へ晒されると、それは……
爽やかな白のラインが走るユニフォームは、その青みの鮮やかさを増した。
黄瀬のユニフォームである。
海常のマネージャーから密かに借りたのだ。
黄瀬が自分のユニフォームを着てくれ、着てくれと
黒子の腰をホールディングして騒いでいたのは随分前の話である。
いわゆる彼ユニをしたかったそうだが、黒子は即断った。
体格差をありありと突きつけられるのは面白くない。絶対に着たくない。
願いを聞き入れて貰えず黄瀬は唇を尖らせて少し拗ねていたけれど、
黒子は答えを変える気はなかった。
だが、その答えを覆したのが誰あろう黄瀬である。
黒子は丁寧に折り畳まれたユニフォームから部屋の中央に佇むテーブルへ視線を転がした。
そこにあるのは数年前に絶版となった小説だ。
『今日は黄黒の日っスよ! はい、プレゼント!!』
そう笑顔で手渡されたのが数分前の出来事である。
黄瀬は『この本、探してたでしょ。オレ、顔が広いからすぐに手に入っちゃったっス!』と
屈託なく笑っていたけれど、黒子は知っていた。
この小説は、路地の奥でひっそりと構える古本屋で売られていて、最近とある男が買った。
その男は小説本がネットや大型書店では手に入らないと知ると、
何軒も何軒も辛抱強く古い本屋を渡り巡ったそうだ。
全ては好きな人のために。
古本屋の店長が黒子にそう教えてくれた。
ようやく見つけ出した小説が売り切れてしまっていて黒子は肩を落としたけれど
『そうそう、海常の制服を着ていたねぇ。ああ、そうだ。確かモデルの……名前なんだっけなぁ』
男の特徴を聞いた途端、愛おしさが胸に這い上がってきた。
モデルの仕事と部活で忙しいところ、男は探し回ってくれたのだ。
……肩が落ちる。
黒子は肩から垂れ下がるユニフォームを引っ張って首もとへ寄せたけれど、
肩幅の広いユニフォームはずるずると滑り落ちてしまう。
黄瀬が規格外なだけなのだと分かっているが、
こうも体格の差があると黒子のプライドに亀裂が入ってしまう。
正直な話、黄瀬のためとはいえ気乗りしない。
しかし、今日だけだと自分に言い聞かせながら黒子は眉間に刻んだ皺を消した。
「黄瀬君、もういいですよ」
黒子の指先が電気のスイッチに触れた。
黄瀬は彩度の高い黄色の髪をさらりと揺らして振り返ったが、黒子を目にした転瞬、
端麗な顔に湛えていた輝かしい笑みを消失させ、茫然としてしまう。
じゃれながら喚くかと思っていたのだが。
何かまずったかと黒子は頬を掻いた。
「……黒子っち」
肩に重く圧し掛かってきた沈黙を破ったのは黄瀬のほうだった。
「それ……。着てくれたの? あんなに嫌がってたのに」
「今日は記念日ですから着てみたんです。変ですか?」
「う、ううん!!」
ちぎれんばかりに首を振って否定を示すと、黄瀬は黒子の手をそっと取った。
「すっごい可愛いよ。ていうか、嬉しい。絶対にやってくれないって思ってたから。夢みたいっス」
黄瀬はそう告げると、
紅茶に放り込んだ砂糖のように表情をぐずぐずに崩し、照れくさそうに頬を紅潮させた。
……可愛い。
「黒子っち……」
甘く囁くと黄瀬は溶け崩れた笑みを浮かべたまま立ち上がり、黒子の背へ腕を回したのだが
「ああ、駄目だ!」
肩を掴まれ、物凄い力で突き離された。
何事かと頭一つ高いところにある顔を見上げれば、苦しみを滲ませた瞳と視線がかち合う。
あまりにも辛そうなさまに、黒子は息を飲んだ。
「ぎゅぅーってしたいけど、せっかくの彼ユニ黒子っちが見えなくなっちゃう!」
思わず瞬きを忘れた。真剣さを瞳に織り込ませながら言う台詞じゃない。
馬鹿なことを切羽詰まった様子で言う黄瀬に呆れるなというほうが無理だろう。
一瞬でも彼を心配した自身にすら呆れる。
「ああ、でも、ぎゅぅぅぅってしたいっス!
でも、一秒でも長く眺めていたいし!! どうすりゃいいんスか!!」
黄瀬は形の良い唇から次々とくだらないことを吐き出しながら、
髪をくしゃくしゃに掻いて嘆いた。
ギャンギャンうるさい。
けれど。
「本当に、騒がしい人ですね、黄瀬君は。ご近所迷惑になるので慎んでください」
「そんなぁ~。黒子っちの彼ユニっスよ!!
超レアじゃないっスか! 騒ぐなっていうほうがっ………」
喧しい吼え声はピタリと止んだ。
黒子が黄瀬の唇に人差し指を立てたからだ。
見開かれた瞳をじっと見据えながら黒子は唇を割いた。
「言うことを聞いてください。また着てあげますから」
-End-
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